大判例

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最高裁判所大法廷 昭和25年(オ)309号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人菅原昌人及び同浪江源治の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が、日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)とその職員との関係は本来私法関係であるが、行政機関職員定員法(以下定員法と略称する)によつて公法関係に転化せしめられたものであると判示したことを非難し、定員法が既に私法関係にある国鉄職員を一方的に特別権力関係に置いたものとすれば、それは国家が一方的に個々の国民をその意思に反してかかる関係におくことであつて、憲法違反の法律であるから効力を生ずるに由なく、国鉄従業員に適用なきものであると主張するに帰する。

そこで国鉄の法律的性質を考えて見ると、国鉄は、従前純然たる国家の行政機関によつて運営せられてきた鉄道その他の事業を経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的として(国鉄法一条)設立せられた公法上の法人(同二条)であつて、一般の行政機関とは異なり国家に対し自主性を有する点もあるが、その資本金は全額政府の出資にかかり、その公共性は極めて高度のものであるから、国家はこれに対してかなり広汎な統制権を保有している。すなわち国鉄は運輸大臣の監督下におかれ(国鉄法五二条)、その業務運営は内閣の任命する監理委員会の指導統制に服し(同九条以下)、その総裁は内閣が任命し(同二〇条)、その予算は運輸大臣及び大蔵大臣の検討及び調整を経て国会に提出され、国の予算の議決の例によつて国会において議決され(同三九条以下)、会計は会計検査院が検査する(同五〇条)のである。国鉄の職員も、国鉄法の施行と共に、運輸省職員として国家に対し特別権力関係に立つていた従来の地位をある程度脱却し、国鉄と私法関係に立つに至つた点があるとはいえ、なおその身分は一般の営利会社の職員と全く同様のものとなつたのではなく、職員は法令により公務に従事する者とみなされ(国鉄法三四条一項)、職務の遂行については誠実に法令、業務規定に従い、全力をあげて職務の遂行に専念しなければならない(同三二条)旨、国家公務員と同様の規定がおかれ、一定の事由があるときはその意に反して降職、免職、休職にされ(同二九条、三〇条)、一定の事由があるときは懲戒処分を受ける(同三一条)等公務員的性格を保有し、また恩給法の関係においては恩給法上の文官とみなされ(この場合国鉄は行政庁とみなされる)(同五六条)、国家公務員共済組合法、健康保険法、国家公務員災害補償法、失業保険法等の関係においては国に使用され、国庫から報酬を受けるものとみなされる(同五七六二条)。更に公共企業体労働関係法(一七条)によれば、国鉄職員は一切の争議行為を禁止される。このように国鉄職員の身分は一方において私法的側面を有すると同時に、なお種々の点において公務員的取扱いを受け、従つて公法的側面を有するのである。(このことは前記のような国鉄の高度の公共性とその大部分の職員が国家公務員から移行して来たものであるという経過を顧みればむしろ自然のことでもある。)元来国家は国鉄のような公共企業体の職員の身分を純然たる私法的なものにしなければならぬという法理はなく、その職員を如何なる範囲において特別権力関係におくかは、立法政策の問題である。そしてこのように職員を特別権力関係におく規定は、これを国鉄法の中に設けても、または国鉄法以外の法律たる定員法の中に設けても少しも差支えないこというまでもない。

論旨は、国鉄法のみによつて国鉄職員の身分が私法的なものと確定しているかの如く解し、「本来」又は「既に」私法関係にあるものを定員法によつて一方的に特別権力関係に転化する立法は違憲であると主張しているが、これは国鉄法の中にもその職員を特別権力関係におく規定があることを無視したものであるのみならず、国鉄職員の性格を考察するにあたつては、国鉄法のみならず、定員法のような関係諸法律をも考え合わせてみなければならないことを忘れたものである。殊に定員法は、昭和二四年六月一日、すなわち国鉄法と同時に施行されたものであるから運輸省の職員は、国鉄法の施行により国鉄職員に移行し、それと同時に、当初から定員法の制約を受けているのであつて、所論のように、「既に私法関係にあつた国鉄職員」が一方的に特別権力関係に置かれたのではない。そして定員法附則七乃至九項の国鉄職員に関する規定は、国鉄法の特別の場合を定めているものであるから、若し両者の間に抵触する部分があつた場合には、当然定員法の規定が優先して適用されるべきこと明らかである。

これを定員法の内容から観ても、この法律は国の財政上の必要から、各行政機関の人員を整理するために制定されたものである。若し国鉄法が定員法より一日でも後れて施行せられたならば、その職員は運輸省の職員として定員法の適用を受けた筈であること疑を容れない。国鉄法の施行によつてその職員が国鉄に引継がれた後においても国鉄の予算は国家の予算と同様に扱われるのであるから、人員整理の関係においては、国鉄の職員も運輸省の職員と同様に取扱われることは決して不当ではなく、従つて国鉄職員を、定員法一条の「行政機関」の「職員」に関する定員縮減整理の規定に準じ逐次整理する旨を定めた同法附則七乃至九項の規定の効力を否認する理由はない。原判決が定員法により私法関係が公法関係に転化したものであると判示したのは必ずしも適当な表現ではないが、国鉄職員に定員法の適用ありとした結論は正当であつて、その適用なしと主張する論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、上告人から本件解雇が不当労働行為であることを主張したにもかかわらず、原審は本件解雇が行政処分であるとの見地から、その主張について審理しなかつたことを非難するに帰する。

しかし本件の免職が定員法によつて行われたものであることは原審の認定しているところである。そこで問題は、国鉄が定員法によつて行う免職が行政官庁の行政処分と認められるか否かにある。定員法一条に掲げられた行政機関がこの法律によつて行う免職が行政処分であることは疑を容れない。国鉄は定員法一条の「行政機関」ではないけれども、上述したとおり国鉄法によつて行政官庁とみなされる場合もあり、国鉄職員の身分も種々の点で公法的色彩が認められるのみならず、国鉄が定員法によつてその職員を整理する関係は、定員法一条の「行政機関」が「職員」を整理する関係とその趣旨を等しくしその実質を同じうするものであることもすでに述べたとおりであるから、国鉄が定員法によつて行う免職も、これを定員法一条の「行政機関」が同法によつて「職員」に対して行う免職に準じて、行政庁の行政処分と同様に取扱うことが妥当である。かように本件免職が行政処分と同様に取扱われるべきものである以上、仮りに所論のような事実があつたとしても、これを当然無効ということはできない。従つてまたこの免職処分について民事訴訟法による仮処分を求めることは、行政事件訴訟特例法一〇条七項により許されない筈である。それ故原判決は結局正当であつて、論旨は理由がない。

上告代理人青柳盛雄、同森長英三郎、同高木右門、同佐伯静治及び同藤井英男の上告理由第一点について。

論旨(1)及び(2)は結局定員法附則七乃至九項の規定は憲法二八条の団体交渉権を侵害するものであるから無効であるという主張に帰する。しかし当裁判所の判例にも示されているとおり、憲法二八条が保障する勤労者の団体交渉権も公共の福祉のために制限を受けるのはやむを得ないところである。殊に国家公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行にあたつては全力を挙げてこれに専念しなければならない性質のものであるから、国体交渉権等についても一般の勤労者とは違つて特別の取扱を受けることがあるのは当然である(昭和二四年(れ)六八五号同二八年四月八日大法廷判決)。国鉄職員は純然たる国家公務員ではないけれども、本件定員整理の関係においては、これを国家公務員と同一視し得べきものであること、前記菅原及び浪江両代理人の上告理由第一点について述べたとおりであるから、定員法によつてその団体交渉権が所論のような制限を受けることになつたからとて、これを以て違憲無効のものということはできない。

論旨(3)及び(4)は、原判決が法律の明文もないのに本件の免職を公権力の発動と認めたことを非難している。しかしその理由なきことは、上記菅原及び浪江両代理人の上告理由第一点について述べたとおりである。

同第二点について。

論旨は本件の免職が仮りに行政処分であるとしてもそれは不当労働行為であるから当然無効な行政処分であるということを前提として、これについて民事訴訟の仮処分を求めることができると主張するのであるが、本件免職について仮処分が許されないことは、上記菅原及び浪江両代理人の上告理由第二点について説明したとおりであるから、論旨は採用することができない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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